我が家のご紹介
今日は1日寝ていて何もしていないので、ブンヤの我が家のご紹介をしたいと思います。
こちら、我が家。
大きく見えますが、ドアから左半分だけが私の家で、右半分は物置らしく私は使いません。
私のために、黄色いアミアミを付けてくれたそうです。防犯対策!
ドアを開けて中に入ると、こんな感じ。すぐキッチンです。
入った左側にトイレとシャワー。
シャワーは水しか出ません。シャワーヘッドがなくて、滝修行のようになるので、シャワーヘッドは買おうかな。この前頑張って水シャワーを浴びたら、全身をボディソープで洗い終わったところで水が出なくなって、悲惨でした。
奥の部屋がこんな感じ。
やたらと高いベッドマット。
2年弱住む家なので、早くカーテン付けたり掃除したり物を揃えたりして、可愛くして、楽しく過ごしたいです。
今日、同期の1人がモールで財布をすられてしまいました。首都が1番危ないと言われるナミビア。危ない目にあったことがなかったので実感がありませんでした。みんなでまた気を引き締めていきたいと思います。
ルンドゥからのコンビ旅
絶賛体調崩し中です。
ブンヤで気が張っていたのが緩んだのか、移動疲れか、何か変なものを食べたのか、わかりませんが、38度5分の熱があります。
パブロン飲んで寝ます。
きのうはルンドゥからウィントフックまで帰ってきました!
ルンドゥにて、7時半ごろから乗り合いバスのコンビが出発するのを待っていて、1時間くらい待ったところで人数が集まったので出発しました!
ラッキー!
コンビはびゅんびゅん飛ばすので、行きのインターケープより1時間くらい早く着きました。
ガソリンスタンドでトイレとお店に行っていたら、コンビがいなくなっていて焦りましたが、他のお客さんも憤慨してたので、安心しました。その後、どこで何をしていたのかわからないコンビは無事に帰ってきてくれました。
コンビの車窓から〜
北部はこんな感じで背の高い木もあって、結構自然豊かです。きのう泊まっていたロッジは川も近く、自然もいっぱいなので、虫もいっぱいいました。
そして、ナミビアで初、蚊に刺されました!でも意外とすぐかゆくなくなりました。
だんだん南に下っていくと、低い木しかなくなって
しまいには、何にもなくなります。
広い国なので、変化がおもしろいですね。
夜はJICAの事務所の前でやっていたイベントでごはんを食べました。
首都はこういうのがあるから楽しいですね。
久しぶりに同期のメンバーにも会えて、嬉しくなりました。
でも、ブンヤの本赴任も楽しみ。
ンタラの学校を訪問!
昨日の夜から、ンタラという、ブンヤから車で10分くらい村で活動してみえる先輩の家にお邪魔してました。
今日はそのンタラの学校を訪問!
先輩の授業の様子も見れて、大満足な1日でした。
ンタラの子はモチベーションがいまいち、みたいなことを聞いていましたが、
校舎が足りず、完全に掘っ建て小屋の中での勉強ですが、
先輩隊員の話をよーく聞いて、真剣に問題を書いて、一生懸命考えてる子どもたち。学んでる〜!!って感じでした。
私もあんな風に聞かせられるように、がんばる!
ブレイクタイムには、長蛇の列ができてました。
手を洗って
もらったのは、やはりポリッジ!
こんな感じで
こんな風に地域の方が作ってみえます!
これは、ナミビアの教育省がやっている、フィーディングプログラム。ポリッジのもとになるメイズ(トウモロコシ)の粉が国から配給されるようです。
そして、地域の方がこれも売ってます。
ファットケーキ!!ブンヤにもあって、早速きのう2個食べましたが、おいしいです。いわゆる、ドーナツみたいな、揚げパンみたいな。ンタラバージョンは、砂糖がさらにかかっていて、うまい!
ンタラのは50セント(5円) 、ブンヤのは1ドル(10円)です。朝ごはんや昼ごはんに大活躍しそうですが、食べ過ぎると本当に太りそうなので気をつけます。
休憩の後、なかなか教室に入らない子たちや、先生が来なくて騒いでいるクラスの子たちを、
セーターを来た生徒会の子たちが指導しています。えらい!!
学校訪問を終えて、荷物をまとめて、先輩とルンドゥへ移動です。
先輩の家からの風景。
掘っ建て小屋みたいなところに、ンタラの学校の先生方は住んでみえます。
ルンドゥへの道すがら。
動物優先です。
ルンドゥの町を先輩にあんないしてもらって、伝統料理を食べて。
そして、夢のカバンゴリバーロッジデビューです!!
夕日が最高〜〜〜にきれいでした!
ブンヤ2日目、Enjoyしてます!
初のブンヤでの朝。
コケコッコーがなかなかの音量🐓
6時半からミーティングなので、まだ暗いし肌寒い中、起き出して準備。
水と電気は使えるようになって一安心ですが、トイレの水が流れないのと、シンクの水が流れていかないのは困るので、またカウンターパート(協力隊と1番近くで関わってくれる人)のゲンダさんに相談です。とりあえず早く物を揃えて掃除して快適な部屋にしたいです!(^.^)
ブンヤセカンダリースクール、2日目にして、だいぶ馴染んだ。つもりです。
モロケニ〜!の後のあいさつを、子どもたちに聞いて、マスターした!つもりです。
2日目ともなると子どもたちの固さもとれてきて、声をかけてくれる子もふえました^ ^
たぶん1年生か、プレプライマリーの子。アジア人が珍しいのか、おもしろそーうに見てきます。
今日は私が9月からもたせてもらう、4年生と5年生に挨拶しました!
4年生には理科(natural science)、5年生には算数を教えます。
8月7日が本赴任なんですが、その時期はテスト週間で、その後少しお休みに入ってしまうので、授業をするのは9月からです。
ゲンダさんと各クラスに行って、9月からの新しい先生だよ〜と、自己紹介すると、目をキラキラさせて、みんなとても嬉しそうにしてくれました。
そのキラキラがなくならないように、頑張らなくっちゃ!!とモチベーション高めた日でした!
4年生のある子が私の名前を書いてくれていました。授業中でしたが。笑 でも嬉しかったな〜
先輩隊員の花のつくり🌼の授業のページをこれ見よがしに開いている子が2人いて、自慢なのと、日本人の私に見せたいのかなぁと思いつつ、ここにいるということは留年しちゃったのかな?とも思いつつ。でも、そんな大事にされる授業をしたいです。
午後は近くの町、ルンドゥにをゲンダさんに案内してもらうために、
こんな風景を見ながら、40分くらい車で移動です。
どこまでいっても地平線で、どんぐり屋根の家々がぽつぽつ。
ルンドゥもサイズ感のいい感じの町です!また明日も近くの町の先輩隊員と来る予定です。今日はこれからブンヤに戻って、その先輩隊員のいるンタラという村に移動です(^.^)
任地ブンヤでのFirst day!!
5時40分に同僚の先生に迎えにきてもらい、ルンドゥからブンヤへ向かいました。まさかの、普通のセダンの後部座席に5人。私たちはアフリカンだから大丈夫よ、と言われました^ ^
初、ブンヤセカンダリースクール!
先輩隊員が言っていた通り、シャイな子たちでしたが、モロケニ!(こんにちは!)と言うと、恥ずかしそうに返してくれるし、先輩隊員が教えたこんにちは〜!さようなら〜!を言ってくれる子もたくさんいました。
先輩隊員の担任だったクラスにたまたまお邪魔でき、みんなのこと気にしてたよ〜、写真撮って送っていい?と言ったら、この感じ!元気いっぱいの7年生です!日本の中1!
写真大好き
とてもパワフルで、このクラスを自分がもったらどうなるかな〜どうしようかな〜と考えさせられましたが、根が素直でかわいい子たちに思えました。
掃除当番が決まっていて、みんなが帰った後に掃除をしている子が!えらい!
給食の、ソフトポリッジ。長蛇の列ができていたので、全員もらえたのかはわかりませんが、ある子に味見させてもらうと、ほんのり甘くてとってもおいしかったです。
初、ブンヤでの夜ですが、また家については後々のせます!
カバンゴリバーに沈む夕日が最高に綺麗だった!
ナミビアにアジア人がいると、
今日は任地訪問のために、任地の近くのルンドゥまで移動です!
13時ごろに首都をでて、22時ごろにルンドゥ着予定です。
インターケープという、南アフリカの会社?のしっかりした夜行バスみたいなバスなので、安心ですが、乗合バスのコンビよりは高いです。
ずっとこんな感じの風景。
赤茶で建っているのが、蟻塚です。
そして、今日もこれと言って何もしていないので、ナミビアのアジア人事情について。
ナミビアでは、アジア人=中国人です。
まぁ、どこでもそうなのかな?
中国人の世界でのシェア率は本当にすごい!!世界のどこにでもいる!
街を歩いていると、にぃはお!にぃはお!と、笑顔で言われます。
最初は、バカにしてるのかな?とも思いましたが、余りにも屈託無い笑顔でにぃはおにぃはお言ってくるので、これはただ話しかけたいだけなんだなと思い、最近は積極的に笑顔で対応しています。
I'm Japanese! と言って、おお〜youは日本人か〜となることもあるし、
こんにちは!と無理矢理返すこともあるし、
その元気がなければ、にぃはお!と返しておきます。
とりあえずどんな反応をしても喜んでくれます。
小学校を訪問すると、みーんな、にぃはお!と言ってくれるので、丁寧に、私たちは日本人、日本ではこんにちはって言うよ、と教えると、とっても上手にこんにちはと言ってくれます。
学校で高校生と話した時には、
日本人ですと自己紹介して、日本の質問タイムに入ると、
日本ってすごく大きいよね!
いや、それ中国。
日本ってすっごく人口が多いよね!
いや、それも中国。
日本って、サソリを食べるって本当?
ううん、中国。
お祭りで、龍を使う?
それも、中国。
ジャッキー・チェンは日本人?
中国人。
というような感じで、日本の認知度、かなり低めです。
中国の存在感、おそるべし!!
でも、日本人は頭がいいよね!みたいな感じのイメージはあるみたい。しかし、トヨタ=日本、アニメ=日本っていうのは、ピンと来てるようでピンと来てないみたいな感じでした。
しまいには、中国人まで、中国語で話しかけてくる始末。いや、日本人です。笑
明日は、初の、任地、ブンヤに足を踏み入れます!楽しみ!!
この道中、カウンターパートのゲンダさんが2回も心配して電話してきてくれてます。いい人!!
30分遅れでバスがルンドゥに着き、同僚の先生が迎えにきてくれて、予約してあったホテルに着きました。
明日は5時40分にまた同じ先生が迎えにきてくれます。甘やかされてます。ありがたい!
独立記念博物館にて、学んだこと
今日は、まったりしてました。
朝、改めてネットの契約に行って、1ヶ月無制限でネットが使える契約に変えてきました。月999ドル(8600円くらい)するので、かなり高額ですが、仕事でもネットは使うので、奮発しました。
任地でもちゃんと使えますように。
ということで、今日は特に何もしてないので、今週、独立記念博物館に行って学んだことをざっくりと書きたいと思います。
こちらが独立記念博物館。ナミビアの父、サム・ヌヨマさんが正面に立っています。彼は、ナミビアの独立に大変貢献した方で、お札の顔にもなっています。
ナミビアにはサン、ナマ、ヘレロ、ダマラ、オバンボなどの民族が暮らしていましたが、1884年にドイツの植民地になりました。もともと住んでいた人々を住まわせるためのこのようなキャンプが作られて、集めて住まわされたそうです。
言われた通りにしない人は捕まえられたり、殺されたりしました。
ドイツの支配に抵抗しようとしたヘレロ人が、大虐殺されることもありました。
第一次世界大戦の時には、ドイツ支配下のナミビアは、独立のために、イギリスを宗主国とした南アフリカと共にドイツと戦いました。大戦でドイツが負け、いよいよ独立、と思ったら、共に戦った南アフリカが今度は支配してきます。
南アフリカは有名なアパルトヘイト体制がしかれ、それがナミビアにも適応されました。
この有名なイス。読めないけど、たぶん黒人は座っちゃダメって書いてある。
ホームランドという黒人が住む地域を勝手に決められて、人数の圧倒的に少ない白人よりも狭い土地で暮らしていました。しかも、ダイヤモンドとかがとれたりする、産業になる土地は、全て白人の土地。
第一次世界大戦後、世界が植民地解放に向かう流れに逆行した状態のナミビア。世界の国々からも支援されて、南アフリカに対する独立戦争を戦います。その際、キューバも協力しました。
やっと独立したのが、1990年。
私の1年先輩です。
この博物館を案内してくれた同い年くらいのカレッジの先生。
最近、ナミビア人ならみんな入りたい、かのナミビア大学を卒業した女の子です。
何回か会っているので、思い切って、
今は白人についてどう思っているの?と聞いてみました。
正直、好きにはなれないし、白人の友達もいない、という答えでした。その子は賢いので、高校もトップクラスの高校で、そこはほとんどの生徒が白人だったそう。その中で、黒人だけクラスを分けられたり、卒業のプロムのダンスを分けられたり、人種差別を受けたんだそうです。そんな話が今でもあるんだと、衝撃でした。人種差別の名残がまだまだ全然あるんだなぁと。
学校で、高校生にちらっと聞いてみた時には、過去は過去だよ、関係ない、という答えも返ってきたので、人それぞれではあるのかもしれませんが、白人と黒人が住み分けられているのは感じます。
いろいろ思ったし、もっと地元の人の声が聞きたいなーと思った博物館見学でした。